パッシブな快適リフォーム

Passive comfortable renovation

家を建てるということ

命を育み、豊かな心を育む。
人と人を結び、幸せを築く。

そんな「家族を守る強くて立派ないい家」を建てたいと本気で思い、家づくりをさせていただいております。
子どもを心豊かに育てたい方、人生を大切に、そして楽しく生きたい方、そんな方こそ私たちのお客様になってください。
家づくりは、家庭の喜びや幸せでなくてはいけません。さあ、共に考え行動する勇気を持ってください。
そうすれば必ずやあなた様の家づくりは成功することでしょう。

「こんなんが母屋にもあったら・・・・」
OMソーラーの暖かさを知り、反対していた父も改修に同意。
桑名市のNさんの家

奥様が生まれ育った家は、桑名市にある昔ながらの田の字型住宅と言われる家で、東西に長い母屋と西側に離れの建物が隣接するという2つの建物に、御主人、3人の子供さん達、そしてご両親と3世代で暮らしていました。

明治時代に建てられた築130年ほどになる母屋は、その時々で手を入れながら住まわれてきましたが、寝室として使われていた昭和初期に建てられた離れの建物が風雨に晒され壁が剥がれるなどで痛みが激しかったため、立て替えが必要となりました。

そのため、この家の八代目当主となる奥様は、仕事が休みになると住宅展示場に出かけ、立て替えの検討をしてきましたが、「母屋の太い柱や梁を見て育ちましたので、それに比べると展示住宅の家はどれも個性がなく物足りない」と、決めかねていました。

そんなある日のころ。いつものように展示場へと車を走らせていると、ふと看板が目に留まります。
「OMソーラー実験棟」。
どうやら住宅展示場らしいと気付き、「試しに」と立ち寄ってみたのです。

寒さ厳しい2月のことでした。「入った瞬間に暖かくて驚きました」という奥さまは、その暖かさが縁側の日向ぼっこと同じ温もりだ、と感じました。そしてOMのしくみの説明を受けて、「太陽ってこんなに力があったんだ」と、改めて驚いたといいます。

外気温と家の中がほぼ同じ温度という家で暮らしてきた奥さまにとって、その家の暖かさはカルチャーショックといえるほどの驚きでした。それからはその工務店の見学会があるたびに足を運び、離れの建物をOMで立て替えることを決めるのですが、OMの良さを知れば知るほど、ある思いが膨らんでくるのを抑えることが出来なくなっていました。

「離れだけでなく、母屋にもOMソーラーを入れたい。OMで改修をしたい。」しかしその思いを叶えるには、大きな壁が立ち塞がっていました。「父の時代に屋根の葺き替えの為の改修しているので、父は家の状態を熟知していて、これ以上触るとこの家は壊れてしまう。もうすこし時間が経ってどうにもならなくなったら建て替えればいいと、改修には大反対でした。」

また、奥様自身の中にも躊躇がありました。以前、ハウスメーカーに母屋の改修を持ちかけた時に、「リフォームは無理です」といわれ、取りつくひまもない対応に傷ついた経験があって、改修自体、さらにそこにOMソーラーを入れるのは難しいのかなと、一人悩んでいたのです。

それでも、「屋根の改修をした時、私は小学生でしたが、祖母に「つし(厨子)」と呼ばれる天井裏のお蚕部屋に連れて行かれたのです。そこで祖母が使っていた機織り機や煤だらけの太い梁を見せられ、この家には自分の知らない歴史があることを初めて知ったのです。」という奥様は、自分が生まれるはるか以前から連綿と続いてきたこの家の歴史を、できれば壊さずに子どもたちへと繋いでいきたい、と思っていたのです。

「顔中真っ黒になって梁を磨いてくれた大工さん。
手を合わせたいほど有り難かった。」

「顔中真っ黒になって梁を磨いてくれた大工さん。手を合わせたいほど有り難かった。」

OMソーラーでの建て替えが決まった離れの建物は、計画が着々と進んでいました。そんな中で、「母屋にOMソーラーを入れたい」との思いがどうしても諦めきれない奥様は、思い切って工務店に相談を持ちかけてみました。

「実は・・・」と恐る恐る切り出した奥さん。「それに対し工務店は、天井裏や床下を調べてみましょう。」と調査に取り掛かり、「これだけしっかりしていれば大丈夫。」とOMを入れた改修が可能であると太鼓判を押したのです。予想外の展開に嬉しやら拍子抜けするやらの奥様でしたが、お父様の同意を得るという問題が残っていました。

「父には離れの建て替えのついでに母屋も少し修理をするからと説明し、離れが完成してから修理のために母屋から離れに移動してもらいました。そうしたら「ぬくいな、この家は。こんなんが母屋にもあったらええな~」と、自分から言ってきたんです。本当に驚きました。それで壊さなくてもOMがつけられると説明して、晴れて母屋にもOMソーラーが入れられることになったんです。」と奥様。

離れの完成から半年後、改修という手法で母屋に導入されたOMソーラー。OMだから生かされる開放的な空間は、田の字型の間取りをそのまま受け継ぐことが出来ました。構造材の梁や柱もそのままに、床下には新たにOMの蓄熱部分を設けました。天井板は取り外し、露わになった梁を生かして一部は吹き抜けに、さらに2階に部屋を設けました。

「大工さんは顔中真っ黒にして梁を磨いてくれました。本当に有り難くて手を合わせたいほどでした。」というのはお母さん。煤けた梁を丁寧に磨く大工さんの姿を見て、反対していたはずのお父さんでさえ、手伝いを買って出たといいます。

こうして守り抜いてきた歴史を絶やすことなく、OMソーラーシステムを導入し、新たに太陽の温もりが加わった母屋。その姿を見届けて安心されたように、お父様は2年ほど過ごした母屋で、安らかな眠りにつきました。「この辺りは自宅葬なので、父の通夜にも大勢集まってくれましたけど、その時も皆さん「2月な のにストーブもなしで暖かい。この家は不思議な家やな~。」って驚かれていました」と奥さん。本当はとても寒がりだったというお父様に、暖かなOMの家に 変身した母屋は何よりの贈り物だったかもしれません。

江戸時代を生き抜いた柱や梁の構造材を使い、明治時代の家造りの職人が腕をふるって造った母屋。その家で明治から平成へと時がながれ、そして今、現代の家造り職人である地域工務店が、築130年の母屋の歴史に環境共生技術という新たな1ページを加えます。

食堂から居間をみる 写真 上田 明

OMソーラーならではの開放的空間を生かし、冠婚葬祭にも対応できる昔ながらの間取りを踏襲。

新築で建て替えられた離れと、改修によりOMが導入された母屋の2つの建物は、以前は繋がりがありませんでしたが、廊下によって繋がりを設け、キッチンは母屋、お風呂は離れ、物干し場は離れの子供部屋の横というように、家族が分離することなく2つの建物を行き来しながら使うように計画されています。

昔ながらの田の字型住宅にOMソーラーを導入したNさんのお宅は、OMソーラーだからこそ可能な空間を生かし、冠婚葬祭にも柔軟に適応できる昔ながらの間取りを踏襲しています。
天井を覆っていた板は剥がして梁を見せ、一部は吹き抜けにして、2階に部屋を設けました。また、奥さんの幼いころの落書きが残る建具や、床柱なども再利用されています。

北側の暗かった部屋は上部に開口を設け、明るさを取り入れています。南側の部屋には新たに堀り炬燵式のテーブルを設けました。地域の集まりで訪れる高齢のお客様に正座より膝が楽と好評なのだといいます。 

改修前の母屋

0120-24-7358

〒511-0861 三重県桑名市蛎塚新田1081番地

0120-24-7358
TEL 0594-22-5878
FAX 0594-23-5329
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自然エネルギーの可能性を拓く、環境志向型建設